馴染む音とそうではない音

私はジャンル分けは便宜上のものだと思っています,

なので、〜ぽい感じ という分類で良いと思っています。

ドラムの叩き方にしても定番の叩き方ばかりではつまらないと思っています。

しかし、やはりその音楽に馴染む音とそうではない音があるようです。

誰が馴染むか馴染まないかを決めるかというと、リスナーです。

リスナーは今まで自分が聴いてきたものを無意識のうちに基準としています。

そのリスナーが聴いてきた音楽になかった要素は、馴染まないとみなされるかもしれません。

しかし、音楽の歴史の中にはそのような経緯で新たなジャンルが出来てきたことがあるはずです。

おそらく最初に馴染まない要素を入れた人は批判されたでしょう。

その一方で、誰かがやるとそれを面白がって取り入れる人も出てきます。

何でも最初にやる人は誹謗中傷がある程度はあると思いますが、それが馴染んでくる場合もあります。

時間が経てばいつの間にかそれがスタンダードになっているかも知れません。

なので、音楽を発信する立場の人達は馴染むか馴染まないかにとらわれずにいろんなアイデアを試すべきですよね。

よくミスする曲の克服方法A

前回のQに対するAです。

さあ、いかがでしょうか?

自分なりの答えは出たでしょうか?

では私なりの答えです。

理想の演奏をしている状態になって演奏している姿を日々具体的に思い浮かべる

このとき否定的な言葉は思い浮かべない

この状態になって気分が良くなってきたら個人練習する

これを繰り返す
まずは理想とする状態がはっきりしていることが条件になります。

目標を明確にするということです。

そしてできている状態をあくまでも楽しい気持ちで想像します。

当たり前だと思いますか?

知っていると思いましたか?

残念ながら、そう思ってしまった方にはこの方法は効果的ではありません。
まず、当たり前とか、知っているとかという考えでどれだけ損しているかを考えてみてください。

そう考えるだけで人は行動する事を止めてしまいます。

残念ながらその方たちはこれから出現してくる壁を乗り越える事は出来ません。
で、なぜこれが効果的かと言いますと、私自身が実証済みだからです。

試しにやってみてください。

効果を計るにはそれしかありません。

やれば分かります。

機会があれば、より詳しい方法についてお話ししたいと思います。

よくミスする曲の克服方法 Q

頻繁に間違える曲、リズムが狂ってしまう曲、繰り返し練習してできるようになったはずなのにうまくプレイできないフレーズがありませんか?

私は毎日練習していますが、いつも演奏しているのになんで?
という事がたまにあります。

その克服方法を考えてみたいと思います。

1.繰り返し練習あるのみ

まず思いつくのはこれでしょう。
間違える部分、うまくいかない部分を繰り返し練習あるのみ、というやり方ですね。
ひたすらストイックに、食事も忘れて没頭する、そんなこともありました。

2.人からアドバイスを受ける

誰からアドバイスを受けるかにもよりますが、他のドラマーの考え方を聞いたり、ドラマー以外の人から考え方を聞いたり。
音楽と関係ない分野の方から面白い発想を提案されることもあります。

3.その部分を意識する

苦手な部分にきたらひたすら意識する、間違えたりしないように集中するのです。
ある程度効果あると思います。

4.その部分を意識しない

思いっきり練習した後は忘れてしまいます。すると上手くいけば体が覚えてしまったものがすんなりと表現できたりします。

以上、私はどれもやりました。
結果、克服できたものも多々あります。

でも、もっと良い克服方法があります。

その方法はドラムだけでなく、いろんな場面に応用できるでしょう。

ちょっと考えてみてください。
この続きは次回に。

ドラムを加える

ドラマーの皆さんは音楽を聴くときにドラムの音やフレーズを無意識のうちに聴く習慣があると思います。

ドラムが入っていない音楽を聴くときはどうですか?

ボーカルものならボーカルが聴こえてきますか?

インストならソロ楽器が聴こえてきますか?

ドラムレスな静かな世界にドラムの音を加えてみることを想像してみたことはありますか?

私はよく想像しています。

ドラムレスで完成されたところに
あえてドラムを入れるとしたらどんな感じがいいか?

と言う感じで考えるのです。

ベースが入ってなければそれも想像してしまいます。

他の方がどうかはわかりませんが、私は想像していると、頭の中ではあたかもその音楽の中でドラムが鳴っているかのような感じで再生されるようになります。

で、その段階まで行っていたとしても
やはりその曲を実際にやることになったときに戸惑うことがあります。

もともとドラムレスで成立する音楽はたくさんあります。

どんな楽器でも言えることですが、ある人がもう何も加えなくても成立していると思っても、他のある人はこの楽器を加えてみたいというアイデアを出します。

こういうことがあるから音楽の多様性があって面白いのですよね。
で、もうすでに完成している音楽にドラムの音を加える行為は

完成された絵画にさらに加筆するようなものだと思っています。

なので、さらに良いものにしなければ意味がありません。

調和することを求められたり、アクセント的な事を求められたりと、そのときによりけりだと思われます。
応用できるパターンとして、コード楽器でデモ音源を作ってもらったものにドラムを付け加えていく過程があると思います。

この場合は完成されたものではないので、ドラムが入る余地があるように感じられると思います。

この場合は描きかけの絵画の何も描かれていないところに色を加えて、絵画を完成に持っていく過程です。

ドラムはベーシックな部分が大きいので、何も描かれていないところに色を加えていくほうがやりやすそうです。

いずれの場合も、ハイハットの音ひとつ、スネアの音ひとつがどれだけ曲の中に大きな影響を与えるかを体感する良い機会だと思います。

オリジナルバンドをやるときには必要不可欠な事です。

普段から音楽を聴くときにその曲にドラムがなかったらどんな感じに聴こえるか意識していると

自分がドラムを付けるときのイメージトレーニングになりますよ。

配慮することについて

バンドで音を出す場合、自分以外の誰かと一緒に音を出すということになります。

そのときに必要なのが配慮です。

音を出す出す前の打ち合わせ、実際に音を出すとき、終了後のミーティング等

やはり人と合わせる以上は会話やそれ以外でも配慮、気配りは必要です。

表現するには自己主張するわけですが、他者との折り合いをつけながら皆が主張することが出来る瞬間を重ねるのが理想でしょう。

特に作曲者は明確なイメージがあるはずです。

自分はこう演奏したい、だけど作曲者や他のメンバーはそれぞれの解釈でこうしたいと言う

そんなときに自分の意見を言う、折衷案を受け入れる、アレンジを決める

この流れが全体に配慮された判断です。

でも、ここで自分で考えることなしに他者の意見を丸ごと取り入れてしまうことは、配慮ではありません。

その意見に賛成しているならともかく、違う意見があるなら言うべきです。

根本に曲を良くしようと思う気持ちがあるなら、言ったほうが相手のためになります。

言った結果こう思われてしまうのではないか、などと予想して考えるべきではありません。

それは自分の考えであって、本来判断するのは相手だからです。

言うときにはこういう言い方で言ったほうが伝わりやすいだろうか?

と考慮するのは配慮です。
私はすごく繊細な曲を演奏するときに

この曲はドラムを入れないほうが良いのではないか

と考えることがよくあります。

でも、作曲者にドラムの音が欲しいとリクエストされている以上は叩きます。

そのときは曲を活かす演奏をするように考慮、配慮します。

遠慮して叩くくらいなら叩かないほうが良いです。
例えばあなたがラーメン屋だったとします。

あるお客様から超こってりしたラーメンが食べたいとリクエストされたとします。

この店のラーメンのことをよく知っているあなたからすると

この麺には超こってりは合わないんだよなー

と思ったとしても、お客様が食べたいのは超こってりしたラーメンなのです。

そこで工夫して美味しいこってり味にするのが配慮です。

お客様は満足することでしょう。

次に同じような注文が来たときにも対応出来ます。
配慮せずにリクエスト通りに超こってりに作ったら

なんか想像していたのと違うな、こってりしているけど美味しくない

なんて思われるかもしれません。
これではお客様は満足しませんよね。

なのでリクエストを受けたら、配慮、工夫しながら、自分の経験や知識の範疇からはみ出しててもやってみるべきなのです。

それがきっかけで自分の中に新しいスタイルが生まれるかもしれません。

人と違うことをしてみる

私はリアルタイムでドラムを叩きながら
スネアにディレイをかけてダブっぽくするのが好きです。
ダブとは、レゲエ音楽などでポピュラーなもので、エコー、リバーブ、ディレイをリズムに過剰に効かせている音楽をいいます。

ドラマーがダブを生演奏で表現するとなると、例えばスネアの音をマイクで拾って、エンジニアがエフェクターをかけるのが一般的だと思います。

私はあるとき、これをなんとか自分一人でリアルタイムでやる方法がないかと考えました。

そして試行錯誤を繰り返した末にリアルタイムで叩きながらダブを効かせるという方法を編み出しました。

仕組みはいたって簡単なので大したことはないのですが

意外性が受けます。

効果的に使えばかなりトリッキーなプレイが可能です。

例えば、突然にして千手観音になったような錯覚を与えるようなプレイを演出することができます。

ただ、ドラムは基本的に両手両足がふさがっているため、少しの工夫が必要です。

ここは種明かしすると大したことはないのですが明かしません。

多分エレドラを使いこなせば当たり前にできるのでしょう。

それをアコースティックドラムでやるところが自己流で面白いと思いませんか?

あまり人が考えないことを考えたら、実行するべきだと思います。

おそらく考えるところまではしている人がいるでしょう。

今回紹介したダブについても、おそらく考えたことがあるドラマーはたくさんいると思います。

でも行動に移した人がどれだけいるでしょうか?

実行しないのは実にもったいないことだと思います。

変だと思われるとか、こんなこと誰もやっていないからとか、そんなつまらないことを考えないほうが良いです。

個性的でありたいというアクセルを踏みながら
同時に皆と同じが安心だというブレーキをかけているようなものです。

人間、人と違うから面白いのですよね。