より音楽的に表現するには

物事には限界があります。

その限界のレベルを上げていくのが練習であるのも事実です。

例えば、スピード。

練習するときは段々とテンポを上げていくのが普通のやり方だと思いますが、テンポの限界があります。

8ビートを叩いていたとして、もう限界でハイハットを8で刻むことが出来なくなったとします。

で、限界点を越えるために練習に夢中になるのは良いのですが果たしてそれは音楽的に必要なことなのか、と考え方を変えてみることはできないでしょうか?

目的は
どう叩けるようになるか
ではなく
音楽全体をどう聴かせるか
のはずです。

もちろん不要な練習であるとは言いません。

その超高速テンポで8ビートを刻む意味があるのかを考えてみたほうが良いと思うのです。

4ビートにするとノリが変わってしまいますが、意地と根性で8を刻むよりも4にしたほうが音楽的に馴染む場合もあると思うのです。

限界点ギリギリで演奏されている演奏はテンションが高く、高揚感を与えます。

でも超えてしまって崩壊してしまったら一気に魅力が半減してしまいます。

自分の限界点を知ること、限界点以上のことはやらないこと

これがより音楽的な表現をするうえでの秘訣です。
なぜこんなことを言えるのか?

それは私が過去にライブで高速8ビートの曲を連続で演奏して、右腕の感覚がなくなるほどの事態に陥り、少し休憩をもらわなければ次の曲が叩けない

という経験をしたことがあるからです。

経験が浅いとライブではどうしても余計な力が入ります。

どれくらい力が入ると腕が動かなくなるのかを
練習で把握しておくのは良いと思います。

ストレッチ

ドラムを叩き始める前にストレッチしていますか?

私はスタジオの前にはしています。

特別なことはしませんが、ただ手足を何度か伸ばしておくだけでもそのあとの動きと、自分の身体に対する信頼感が違います。

手首足首と首も回しておきます。

運動の心得がある方なら準備運動は当然ですよね。
ストレッチをしないと身体が温まらないままでいきなり叩くことになりますが、時には怪我することもあります。

どこかが痛いと感じながら叩くのは、集中力低下の原因になります。

私も過去には身体中のあらゆる場所に不調をきたしていたこともありました。

また、痛いところをかばうと変な力が入ったり、いつもと違うフォームで叩いたりします。

すると連鎖反応的に違うところを痛めたりします。

身体は全部繋がっているので、このようなことはよく起こります。

無用なストレスを避けるためにもストレッチは習慣にしましょう。

JAZZ IN FUCHU 〜府中ジャズ

ジャズをやり始めてから5年、セッションや小さな箱でのライブは何度かしましたが、この度ようやくフェスに出るという夢が叶います。

この日は府中のあちこちがジャズで溢れます。

そんなライブに参加できるのがとても楽しみです。

鯨JAZZというバンドで参加します。
JAZZ IN FUCHU
10/9(日)
珈琲 菩提樹
東京都府中市本町1-16-14

珈琲菩提樹

https://s.tabelog.com/tokyo/A1326/A132602/13037941/dtlmap/

 

鯨JAZZの出番は14:00からの予定です。

素敵なカフェで演奏できるのが楽しみです。

是非遊びにいらしてください。

JAZZ IN FUCHU HP

http://jazzinfuchu.net/confinfo_place.html

口ドラム

ボイスパーカッション、カッコいいですよね。

ドラマーとか、ドラマーでなくてもやったことがあるのではないでしょうかね?

上手い人のを見ていると、人間は一度にひとつの音しか出せないという常識がくつがえされます。

https://youtu.be/HPCH4tcLUNw

 

すご過ぎですよね。

パーカッションとかドラムだけでなくいろんな音が出てきています。

ここまでやるのは無理だとしてもドラムのフレーズを覚えるときにはフレーズを口で言うというやり方が大変有効です。

まずは口で言えるようになるべきです。

速すぎて言えなければ遅くして言ってみる
フラムやダブルがあるので口が回らなければそれっぽく言ってみる

それを何十回、何百回と繰り返し口ずさんでいると、自然に頭の中で再現できるようになります。

そこでようやく身体を使ってバタバタとやってみます。

なんとなくイメージがつかめたらスティックを持って実際にドラムを叩いてみます。

どんな難しいフレーズでもある程度はこれで克服できます。

ただ、ボイスパーカッションより難しいのは、一度に鳴らす音がたくさんあるという点でしょうか。

逆にボイスパーカッションの難しさは本来ひとつの音しか出せないはずの人間の声で複数の音を出す点ですよね。

どちらも突き詰めると面白そうです。

プレイバックを聴くこと

自分の演奏は録音して聴いていますか?

これをするのとしないのではかなりの差がついてしまいます。

 

私はカセットテープの時代から録音機材を持ち込んで録音していました。

 

最初は自分の演奏を聴くのが楽しみでした。

 

ドラムを叩いていることだけで楽しくて仕方がないという時期もありますよね。

そういう時期は必要です。

 

ある程度叩けるようになってくると、プレイバックを聴いて反省するようになります。

自分の癖もわかってきます。

 

他のメンバーからの指摘に対しても、録音してあれば冷静に判断できます。

例えば、ハシる、モタるなどは演奏中にはわかりにくいものです。

他のメンバーに指摘されて初めて気が付く場合もあれば、指摘されたけれど納得いかないという場合もあると思います。

そんなときはプレイバックを聴いてみれば明らかです。

時には自分が恥ずかしくなるような経験もするでしょう。

 

録音したプレイバックを聴いて修正すべきポイントを見つけて、他のメンバーから指摘される前に弱点を克服できるのが理想ですね。

客観的に自分を見ることはどんなときにも大切です。

 

他のメンバーの音も、自分が演奏に集中しているときには気が付かなかったポイントに気が付くことができます。

アレンジが思い浮かぶこともあります。

 

ぜひ、今日からでも演奏するたびに録音することをお勧めします。

私の頭の中の宇宙

誰にでもその人独自の宇宙があります。

その中で思考が常に渦巻いています。

他の人がどうかわかりませんが、僕は割と自由自在に知っている曲でBGMを頭の中で流しています。

全パートを正確に再現できているかどうかは確かめようがありませんが

楽器の演奏者は少なくとも自分のパートとそのときの周囲のパートの音はイメージがあると思います。

きっと作曲する人の中には多数の楽曲の音やリズム、メロディ、ハーモニーが超高音質で再生されている人もいるでしょう。

私は自分が聴き込んだ曲なら再生することならできますが、聴いたことのない曲つまりオリジナルの新曲を頭の中で鳴らすことができる人を尊敬します。

何かメロディが浮かんだ気になっても
大抵は次の瞬間に忘れてしまっています。

また、主旋律がバックのコードとともに思い浮かんだとして
主旋律を録音しても

あとでそれを聞いたときにどんなコードだったか思い出せません。

なので、作曲ができる人のことを尊敬します。

その人の頭の中の宇宙を是非覗いてみたいと思うのです。

奇跡的な演奏はできるか

ツェッペリンを例にすると
天才的な人の集まりで演奏する場合、
奇跡的な演奏としか言えないような
そのときだけのスリリングな演奏があり得ます。

では、天才的ではない、凡人には奇跡的な演奏はできるのでしょうか?
おそらく演奏者の基準だとできるでしょう。

例えばセッションで自由に弾いている、または叩いている瞬間がそうでしょう。

初めてのメンバーと演奏する場合など、バックにある音楽観が似たようなものだと、奇跡的に良い瞬間があると思います。

でもそれが聴いている人達に感動を与えるほどの演奏かどうかは疑問です。

偶然の産物はあるでしょうが、それはその日の出来によって大きく左右されるものです。

また、聴いている人達にしてもそういう瞬間が面白いとは思いますが、他の多くの部分は無難な演奏か、探り合いで迷いのある演奏です。

延々とソロを続ける奏者もいますが、特に何の変哲もないソロをずっと聴いているのは苦痛ですよね。

ジミヘンとか、ジョン・ボーナムとか、チャーリーパーカーのソロならずっと聴いていたいと思うのですが。

なので、凡人が偶発的な良さを連続して繰り出すことはあり得ないので、普段練習していることを、普段練習しているメンバーとするべきでしょう。

練習でやったことがないフレーズを、本番でいきなりはできないものです。

普段一緒に音を出しているメンバーとなら、偶然の産物が生まれることもあるでしょう。

いろいろ書きましたが、実は私はセッションで演奏すること自体は好きです。

セッションだと崩壊寸前の演奏の方が演奏者も聴いている人も面白いと感じるでしょう。

たまに本当に崩壊して戻れなくなることもありますが
恥をかくだけで、責任を問われるようなこともありません。

たとえセッションであろうとも

自己満足な演奏ではなく

一緒に演奏している人達や
客席で自分の番を待っている人達に
楽しんでもらいたいという気持を持つことで
人と差をつけたいところです。

天才的な人達の演奏

ドラマーで天才というと、私の中ではジョン・ボーナムです。

リアルタイムでは聴いていなかったので、ライブは体験したことがありません。

是非生で観てみたかったです。

彼のことは検索すればいくらでも出てきます。
私は彼の存在感がすごいと思います。

絶対に代わりがいない
この人でなければならない

と思わせる存在感です。

いくらフレーズを真似しても、同じ楽器を使ってもたどり着けない何かがありますよね。

有名なプロドラマーでさえもそのように彼のことを称賛します。
レッド・ツェッペリンは正規版の他に海賊版が山ほど出ています。

一時期、海賊版の楽しさにはまっていたことがあります。

ジョン・ボーナムだけでなく、メンバー全員が天才的な人間の集まりですが、海賊版を聴くと演奏がうまくいった日とそうではなかった日があるのがわかります。

多分、ツェッペリンの楽曲の中に即興的な要素が多いのもその一因かと思われます。

でも、うまくいっていないと思われる演奏が良くない演奏かというと、そうではないのです。

その日はそういう演奏だったということであり
だから良くない演奏かというと違います。

ただ、本人達にとっては不本意だと思います。

でも、コアなリスナーにとっては人間くさい演奏がたまらないのですね。

崩壊寸前の演奏でも、そこに緊張感があればスリリングな演奏として受け入れられるでしょう。

そんなスリリングな演奏は天才的な人にしかできないのでしょうか?

場合によってはできるかも知れません。

続きは次回に。

ドラムと仲良くなる

実家で暮らしていた頃、ドラムを始めて買った日のことです。

初心者用の安価なもので、さらに中古でしたがメチャクチャ嬉しくて、クリーナーで磨き上げて、ヘッドを張り替えて、でも生音で叩く訳にはいかなかったのでミュートして、さらにゴム製のミュートを施しました。

で、たくさん叩いたのですが、さらにドラムに馴染むためにしたことがあります。

バスドラの全面に空けたホールに頭を突っ込んでみました。

ちょうど中に折りたたんだ毛布を入れていたので、枕にしてみました。

妙に自分の呼吸音が響いていました。

なるほど、これが鳴りというものか、と思いました。

その日はそこで寝てみました。

少しだけドラムと仲良くなった気がしました。
こんなことしたことがある人、いますか?

僕はいないと思っていたのですが、ベースと一緒に寝ていたという方にお会いしたので、このことを思い出しました。

それがなんと今一緒に音楽をやっている方だったのです。

同じ感性を持っていたのだな、と嬉しくなってしまいました。

少数派ですよね?

スネアサイドとスナッピー

スネアサイドとは、スネアの裏に張ってあるヘッドのことです。

表面に張るヘッドと比べると非常に薄くできています。
なのでセンシティブに響きます。

スネアの表面を叩くと瞬間的に反応するのです。

それであのスネア特有の響きが出るのです。

そして、この響きはスネアサイドの微妙な張り具合に左右されます。

スネアサイドのは表面よりも強めに張ります。
そうすることで響きが良くなります。

内面あたりのスナッピーの場合は、スナッピーを張りすぎると響きが失われてしますので、加減します。

外面当たりのスナッピーの場合は強く張っても響きは残る傾向にあります。

あと、より小気味良い雰囲気が欲しいというときには
スナッピーの周囲のテンションボルトだけを少しだけ締め気味にすると
より反応が速く敏感になりますので試してみてください。

スナッピーやスネアサイドのテンションを緩めると
ドラム単体で叩いたときは余韻が長くて新鮮な印象になりますが、

これは他の楽器の音に埋もれてしまうエッヂの効いていない音になりがちです。

ただ、うまく使えば非常に個性的な音になるので、曲の個性に合わせて試してみると良いでしょう。